死にぞこないの話

つい先日6/20にまた死のうとしました。

恋人さんはたくさんのことを私のために我慢してくれています。それが時折ホロリホロリと零れ落ちてしまうのです。
その日もそうでした。夜眠るときに眠気から意識が緩くなったのか、私のためにこういうことを我慢している、こういうことがつらい、なんでそこまで縛られなくてはならないのか、などをホロリホロリと話してしまったのです。いつもなら私も泣き喚くのに、何故かその日はうんうんと聞いてしまいました。
彼がそのまま眠り、私一人の時間が訪れます。そうするときまって頭の中が悪い考えで埋め尽くされていくのです。

ああ、でもそうか、恋人さんはわたしのせいでそんなにつらい思いをしているのか
私は恋人さんと別れたら死ぬ、恋人さんは自分のせいで人が死ぬのが嫌だ、だから離れられない
可哀想に…
それならば、恋人さんを解放してあげなくちゃ

私は彼のことを大切に思っています。
悪い考えはその大切な思いすら死に引っ張っていきます。


眠れませんでした。一緒の布団に寝て、彼の体温を感じては死ねなくなると思い、起き上がりじっと寝顔を見ました。大切な人の顔を最後の記憶にしようと思いました。
手を何度もグーパーグーパーと動かしました。今こうして動かしているもの、自然と動く心臓、それらが簡単に全て止まることが不思議で、悲しいことに思いました。

ベッドから出ようとしたとき、恋人さんはパチリと目を開けました。察しの良い人です、とめられてはいけないと思い暫くそのままみつめあったら自然とまた眠りに落ちていきました。少しずつ離れなければ気づかれてしまうと思い、今度はソファへ。座って暫くいたらまた目が合いました。
「眠れないの?」
「うん。寝てていいよ、おやすみ」
ごめんね、好きだよ、いろんな気持ちが頭の中にはあるけれど、どうか最後は優しい言葉を君に言いたくて、眠っていてほしくて、そう返しました。

暫く起きないのを確認すると、自分のベルトを手に部屋を出て、ドアノブにベルトをかけました。たとえ足が着く位置でも、本人がその気になれば簡単に死ねるものなのです。ベルトの長さを調節し、首をかけ、正座から長座へ体勢を変えました。
ギギギッ
ベルトの軋む音。数秒すれば動脈が脈を打つのがわかるように。そして意識がホワホワと薄らいで。
……その時向こうの部屋から足音が聞こえてきました。

こうして私の行為は"未遂"の名のつくものとなりました。


その後はベッドに戻り、抱きしめられたまま離してもらえませんでした。起きようとすれば引き戻される、その繰り返し。「トイレに行きたい」、と言えば「すぐ戻ってきてね」と言われ、戻ってくるまで起きて待っている。そんな状態で。

彼は私に約束を迫りました。
「今日デートが終ったらちゃんとお家に帰るって約束して。死なないって約束して。」
約束という手段は私に対してはかなりの有効手段です。小さい頃から母に「嘘つきは死んだほうがいい」と再三言われて生きてきたからです。だからこそ私は簡単に約束をしません、はいともいいえとも言わずにいました。
しかし彼もしつこい。ずっとそれを繰り返すのです、何度も何度も。「しつこいよー」と言っても「じゃあ約束して」の一点張り。しまいには「なんで約束してくれないの。君が前に死ぬのが怖いって思ったって言ってくれたとき、本当に嬉しかったのに。死なないでよ」と泣きだしてしまいました。
私はすごく驚きました。その時の私は泣かれる程のこととは思っていなかったのです。彼が私の前で泣くことは珍しく、ただ「ごめんね」と抱きしめ頭を撫でることしかできませんでした。

恋人さんは少し落ち着くと、私に話してくれました。
一緒に寝ていて目が覚めた時君が隣にいないと心臓が飛び上がる思いをする。だから君が隣で寝てくれているとすごく安心する、と。
なるほどだからか、と思いました。
私が寝ている時、抱き寄せたり、頬や額にキスをしてきたり、次の日聞くと覚えてないと言うから、まったく寝相が悪いなと思っていたけれど。そうか、隣にいてくれて安心しているからなのか、と。こまめに目を覚ましてしまうのは、ちゃんと私がいるか確認しているからなのか、と。

彼の身体は、汗ばんでいて、冷えきっていました。私が死のうとしたから、冷や汗をかいているようでした。
そんなに私に死んでほしくないのか、と思いました。私の命は私だけのものではないのか、とも思いました。

死なないように気をつけても、時々死に引っ張られてしまう。私はいつまで生きられるのだろう。しかしもう彼が寝ている時にベッドから離れるのはやめよう、恋人さんが安心して眠れるようになるために。